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『A Short Hike』はなぜ英語圏ゲーム開発者の心をつかんだのか?【インディーゲームレビュー 第75回】

鳥の少女クレアとなって島を探索し、山頂をめざす癒やし系アドベンチャーゲーム『A Short Hike』。本作は「Independent Games Festival(IGF)2020」で大賞を受賞し、一躍有名になった。多くの英語圏ゲーム開発者の心をとらえた本作の魅力とは何か?


キング牧師はなぜ20万人の聴衆を無償で集められたか

アメリカ公民権運動の象徴とされるキング牧師は1963年8月28日に首都ワシントンで演説「I have a Dream」を行い、20万人の聴衆を集めた。この時、広告宣伝費は幾らだっただろうか……答えはゼロ円だったと、コンサルタントのサイモン・シネックはTED talk「優れたリーダーはどうやって行動を促すか」で紹介している。

なぜアメリカ全土から多くの参加者が手弁当で集まったのか。シネックによると、キング牧師の理念に多くの人が共感したからだという。宗教家であるキング氏にとって公民権運動は手段であって目的ではなかった。神の国を地上で実現するうえで、公民権運動は最適な手段であり、多くの人がその理念に賛同したからだ……というのだ。

なるほど、黒人の地位向上をめざすだけでは、多数派である白人層から支持を集めることは難しかっただろう。

ポイントは「人間の行動は理屈ではなく感情で左右される」点だ。シネックはアップル製品が支持される理由について、「コンピュータで世界を変えようと、彼らが本気で考えていて、そのビジョンが製品に反映されているからだ」とする。詳細は公式サイトで動画を視聴して欲しい。

https://www.ted.com/talks/simon_sinek_how_great_leaders_inspire_action?language=ja

ゲーム開発者が自らの癒やしを求めて作ったゲーム

鳥の少女クレアとなって島を探索し、山頂をめざす癒やし系アドベンチャーゲーム『A Short Hike』も同様に、作り手の思いが色濃く反映されたタイトルだ。

ゲームの舞台は周囲を海に囲まれたホークピーク州立公園で、プレイヤーは美しい自然の中でさまざまなアクティビティが楽しめる。海を泳いだり、魚釣りをしたり、貝殻を集めたり、ボルダリングをしたり、小枝でボールを打ち合うビーチバレーのようなスポーツをしたり……といった具合だ。高所から羽を広げて滑空することもできる。

もっとも、こうしたアクティビティを楽しむうちに、この公園が山頂までの山歩きで有名なことがわかってくる。ただし山頂に到達するには、ちょっとした努力が必要だ。そして山頂でクレアが観た光景とは……その時プレイヤーは、少しだけ重たい家庭の事情を抱えたクレアと、心情を一つにすることができるだろう。



とはいえ、これだけなら良くある「地味な秀作」にすぎない。ポイントは本作がインディーゲームの世界的なアワード「IGF2020」で大賞に輝いたことだ。これにより、全世界で一気に知名度が拡大した。このことはGoogleトレンドの検索推移を見れば良くわかる。発売直後の2019年7月、年末年始、そして受賞式直後と、3回のスパイクがあることがわかるだろう。


IGFの審査員はゲーム開発者が中心で、その時々の業界トレンドが透けて見える。中でも近年顕著なのが個人ゲーム開発者に対するリスペクトだ。インディーゲームが徐々に産業化され、大手資本に吸収されていく中で、リスクを取って新しい挑戦を試みる個人ゲーム開発者への顕彰が増えているのだ。本連載でも過去にとりあげた『Return of the Obra Dinn』『Baba Is You』などは好例だ。

本作もまた、トロント在住のインディーゲーム開発者、アダム・ロビンソン・ユーによって、ほぼ一人で開発されたタイトルだ。アダムはプレスリリースで次のように述べている(筆者による参考訳)。

「『A Short Hike』は2018年12月に個人的なアートプロジェクトとして始まりました。当時、抱えていたRPGプロジェクトに飽き飽きしており、自然の風景をデザインするため休憩を取っていました。子供のころに親しんだ夏のハイキング旅行や、森の探検からヒントを得た私は、平和で発見に満ちた気持ちを呼びさましてくれる何かを作りたかったのです」

大作ゲームの開発に心がすり減らされる中で、自分が本当に作りたいゲームに集中したい……ゲーム開発者であれば、誰でも一度は夢見る行為だろう。しかし、実際にそうした挑戦に踏み切ることができる者は少ない。本作はその課題に果敢に挑み、完成そしてリリースさせた数少ない事例となった。この姿勢が多くの英語圏ゲーム開発者の心を打ったのだと推測される。

ちなみにアダムはカナダのゲームニュースサイト「Canadian Gaming News」で、インタビューに対して次のように答えている。

「本作は私にとって個人的なゲームです。しばらくの間、私にとって、そしてできれば他の人々にとっても意味のあるゲームを作りたいと思っていました。 開発が始まった頃は少し疲れてきて、色んなことが気になりました(今でもです!)。本作では不安と自己疑問への対処、自然への感謝、そして(エンディングに関して)大人になるにつれて親との関係がどのように変化するかについて考えてほしかったのです」

IGFの受賞でコメントするアダム氏(https://www.youtube.com/watch?v=7LU0h2mJEtc&feature=youtu.be

『ドラクエ』にも通じる教科書的なゲームデザイン

本作は戦闘メカニクスこそないものの、RPGのお手本のようなゲームデザインだ。ゲームの目的は主人公を操作して山頂に到達することで、そのための障害として崖が設定されている。崖を乗り越えて山頂に近づくには、登坂距離を増やすアイテム「黄金の羽」が必要だ。そのためには魚釣りをしたり、宝箱を見つけたりして集めたお金で、黄金の羽を購入する必要がある。黄金の羽は島の散策中に偶然発見することもあり、島を散策する行為に意味を与えている。

キャラクターの配置や会話の内容も適切だ。島をぐるぐる回りながら、次第に山頂に近づいていく過程で、適切な情報が入手できるように配慮されているのだ。他にトランポリンのような花を育てて、一気に高所までジャンプしたり、高所から滑空して移動したりと、ゲームを進めるうちに自然とショートカット(『ドラクエ』におけるルーラの呪文だ)も可能になる。RPG制作経験者ならではの、痒いところまで手が届く丁寧な作りだ。

本作はリリースされたタイミングも良かった。言わずと知れた新型コロナウイルスの感染拡大だ。これによりIGFは史上初めてオンラインでの式典に追い込まれた。こうした中、『どうぶつの森』を彷彿とさせるような(前述のインタビューで、大きな影響を受けたことを認めている)本作が支持されたのも、偶然ではないだろう。既存のRPG制作に疲れた開発者が、癒やしを求めて制作したとなれば、なおさらだ。



もっとも、本作が日本で注目を集めたのは、ボードゲーム制作者のyupika氏によって、日本語化パッチが配布されたことが大きかった。それまでは言語の壁があり、十分に楽しめなかったからだ。ローカライズのクオリティも高く、日本語ならではのダジャレや言葉遊びも盛り込まれている。言うまでもなく翻訳はボランティアで行われており、良質なゲームを世間に広めようとする志によるものだ。

このように本作はゲーム制作に対するアダム氏の個人的な思いと、親と子供の関係という普遍的なテーマが組み合わさり、そこにコロナ禍という環境変化が加わって、世界的な注目作となった。そこに込められた思いがゲームに力を与え、有志による日本語化へと間接的につながったのだ。こうした思いの連鎖こそが、インディーゲームの魅力だと言えるだろう。

Steam『A Short Hike』販売ページ
https://store.steampowered.com/app/1055540/A_Short_Hike/
『A Short Hike』公式サイト
https://ashorthike.com/
非公式日本語化パッチ
https://note.com/yupika/n/n6142be38c82b
【コラム】小野憲史のインディーゲームレビュー

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