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『Beholder』が持つコンテキストの重要性〜ロシアでしか作れない怪作【インディーゲームレビュー 第8回】
自分と家族の暮らしを守るため、主人公はアパートをかぎ回る
作品はコンテキストと無縁ではいられない
コンテキスト(文脈)は作品に力を与える。韓国映画『シュリ』は2000年に日本で上映されると約18億円の興行収入を記録し、韓流ブームの呼び水となった。北朝鮮の破壊工作員と韓国の諜報部員の悲恋を描いたアクション映画で、当時話題になった理由としては朝鮮半島を巡る軍事情勢が作品に重みを加えていたからだと言える。ハリウッド映画や日本ドラマからの引用が目立つ部分はあったが、「韓国でしか作れない映画」として注目を集めたことは事実だろう。今回紹介する『Beholder』もまた、そうした文脈で語られるべきタイトルだろう。主人公のカール・ステイン(以下:カール)は全体主義国家におけるアパートの管理人で、住人のプライバシーを暴きながら政府に忠誠をつくしていく。開発は「Warm Lamp Games」で、ロシア・シベリアの南西に位置するバルナウルに拠点を置く。このゲームのもつ陰鬱な世界観が、ほんの数十年前まで社会を実際に覆っていたのだ。
全6室+管理人室からなるアパートがゲームの舞台だ
主人公は政府に従う小市民
ゲームはイベントドリブンのアドベンチャーゲームで、主人公のカールは愛する家族のため、各部屋の鍵穴から室内を覗いたり、マスターキーで室内に潜入し、監視カメラを仕掛けたりして政府の任務をこなしていく。時には管理人として、住人同士のトラブルを解決することも重要だ。一定期間を生き延びれば、展開に応じて異なるエンディングが迎えられる。プレイヤーはリアルタイムで時間が進行する中、アパートの断面を拡大縮小しながら、住人や気になる箇所をクリックしつつ、ストーリーを進めていく。名前・職業・趣味などの情報を収集して、政府に報告すればいい小遣い稼ぎになり、法律違反の証拠を掴めば政府に報告するだけでなく、住人をゆすって私腹もこやせる。また、住人の部屋から物を盗んで売却したり、商品から違法商品を購入してわざと部屋に配置し、政府に通報したりもできる。
一方で「娘が病気になり多額の治療費を要求される」など、カールの暮らしは常に切迫している。日頃から貯金に励まなければ、いざという時に資金が底をついて万事休すだ。住人の悩みも「眼鏡を探す」などの日常レベルから「国外逃亡を手助けする」、はたまた「原子爆弾の設計図を盗み出す」といったものまで多種多様。もっとも、カールは時間に追い立てられて目の前の仕事をこなすうちに、人間らしい感情を失ってしまうかもしれない。
主人公の胸先三寸で人々の平凡な暮らしが瞬時に破壊される
日々の暮らしがもたらす先にあるもの
開発チームによると、本作のコンセプトは「スパイゲーム」だった。そこから全体主義国家という世界観が生まれ、アパート経営に展開した。当初は経営シミュレーションの要素もあったが、物語体験に特化するため、あえて削除したのだという。テーマはプレイヤーのモラルだ。何が正しくて、何が間違っているのか、その規準は人によって異なる。その結果、カールつまりプレイヤーが迎える結末とは……。実際にプレイして確かめて欲しい。本作の問題点は日本語ローカライズの品質の低さだ。有志による日本語化ファイルが無償配布されており、公式版より品質は高いが、ネイティブによる日本語とは言いがたい。もっとも、そうした問題を考慮してもなお本作はプレイする価値がある。そして、こうしたゲームが作られるうちはまだ健全だと実感できるだろう。本作のもつブラックユーモアは、社会の平衡感覚を示しているといえるからだ。
PS. 開発陣によると2017年5月に本作のDLCがリリースされる予定だ。
© Warm Lamp Games. All rights reserved.
■関連リンク
『Beholder』
https://beholder-game.com/
Steam『Beholder』のページ
http://store.steampowered.com/app/475550/
『Beholder』日本語化ファイル ダウンロードサイト
http://ux.getuploader.com/Beholder/
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